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毒親育ちの日々毒抜きブログ

やり場のない怒りと悲しみの原因は「毒」だった。負の連鎖を止めるべく、毒抜きはじめます。

中学合格!


長きにわたる中学受験の末、おこは無事、目的の中学校へ合格することができました。

わたしも母親もほっとひと安心。

母は軽く目に涙をためていました。

母は毒親なりに暴力暴言をふりかざしながらも頑張って仕事や子育てをしてくれました。


私は「受かった」という安堵感。

ただひたすら、「あぁ、やっと受験が終わった・・・・・」と。

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そしてもうひとつ嬉しいことが。

実は、合格した中学校と実家はかなりの距離離れていたので、入学するならへ入ることになります。

寮ですよ、寮!

つまり、私は中1の時期から親元を離れて暮らすことになったのです!


最高でした。

あの実家から離れられるなんて・・・!!!!!

もう笑いが止まりませんでした。

合格してから入学するまでの記憶があまりないのですが、とにかく合格したことよりも家を離れられるという気持ちでいっぱいだったと思います。


今までに知り合った人でこのことを話した人は、まず必ず「中1から一人で離れて寂しくなかった?」と聞いてきましたが、、、

寂しいわけがない!!笑

口々に「珍しいね」と言われてきましたが、中学から寮に入れる学校ってかなりありますよね。少数派ではあるけれど。

 


荷造りは言われなくてもしましたよね。(笑)

解放感がすごすぎて、どうしたらよいものやら。


このときは、おこも笑顔だったと思います。

 

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血液クリーニング体験

ありがとうございます。


おこのブログをはじめてから3ケ月が過ぎました。

がっつり重いブログなのに、見に来てくださる方がいて心強いです。

 

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自分としては暗いつもりはなく、淡々と、冷静に、慎重に、過去を整理している感じです。
おかげさまで、小学校時代までのおこはかなり安定しました。

けど、思いついたままをただ書いているだけなこともあり、「これは後でまた書きます」と書いて言いっぱなしになっているものも結構ありますね。。これはブログとしてどうなのか

2017年にもなったことだし、これからはおこの中学以降について書き進めつつ、過去記事も整理していこうかと思います。



最近・・・きちんとブログ更新できない。ちょっと歯がゆい。
何かと時間をとられがちなありがたい日々です。

 

今後ともよろしくお願いいたします。


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難しい、難しい

 

「これは本当にフィクションなのか」の続きです)


そして、「愛を乞うひと」最後のクライマックスシーン

虐待を受けて育った照恵が豊子と再会した時、照恵がどういう反応をするのかと興味津々で見てました。

そしたら・・・

照恵が過去を手放した!

深草はすくすくと普通に育っているのに、やっぱり心のどこかで自分は豊子の血が流れているという気持ちに囚われていた。その気持ちを、豊子に会うことでどのように治めるのかが見ものでしたが、うん、なんだか安心しました。

「手放す」というのも、ひとつの選択肢ですよね。勇気と時間がいりますけど。

照恵があの年になるまで過去を手放さなかったのは、手放せなかったのもあるし、手放してはいけないという気持ちもあったと思います。でも、深草に背中を押されて、ふっと前に進むことができた。

そういう選択肢もあっていいと思います!

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ひとつ気になったのは、豊子です。豊子も照恵と同じように、豊子の親に虐待された被虐待児であるはずなのに、照恵の人生とは違い、生涯孤独。毒親育ちが毒親のままだと、豊子のようになるのだなと思います。ここ、どうにか修正する方法はないのでしょうかね?

 

照恵は、虐待しないという強い意志を持つことができた。ゆえに、孤独じゃない。
豊子は、虐待しないという選択肢を持つことができなかった。だから、孤独になった。(照恵に手放された)

これって、一体どこにどういう違いがあってこのような違いが出るのでしょうか?なぜ、豊子は「虐待しない」という選択肢を持つことができなかったのでしょうか?


その人の性格?すごく気になります。

世の中に虐待の連鎖が続かないようにするためには、照恵のようにどこかで食い止める力が必要であることもそうですが、同時に豊子のように虐待の連鎖を食い止められないタイプの人が孤独を感じないようにすることも大切だと思うのです。色々なところで面倒なことになるし。結局子供を虐待することになるし。

でもこれって、犯罪を繰り返してしまう人に犯罪しないようにするにはどうしたら良いのかなと言っていることと変わらないのでしょうか。だとしたらとても悲しい。


しかし、豊子。。カフェしてるのに、お客さんが来店してもため息つきながらタバコ吸って、「コーヒーしかないよ」と言い放つってw ちょっと笑いました。

 

愛を乞うひと」に出てくる様々なことがらは、虐待のかけらもない環境で育った人には衝撃的理解しがたいことかも知れません。しかし、このような家庭も普通に存在するのだということを多くの人に知ってもらえるきっかけにはなりますよね。意味のあるドラマだと思います。

主演を演じた篠原涼子も、どこかのインタビューで「冷静な気持ちでみてほしい」という風に言っていました。また、「豊子は娘への愛はあったけれど、愛し方を知らなかったのでは」とも発言しています。豊子のやり場のない怒りや悲しみを感じているような、深い言葉だと感じました。こうして虐待の連鎖の恐ろしさ解決の難しさを多くの人に知ってもらうことで、豊子や照恵のような存在も楽に暮らせる環境ができてくるのではと信じたいです。

 

愛を乞うひと」は、下田治美の小説がもとになっているようです。原作、読んでみようかと思います。

(このリンク先にはいくつかのカスタマーレビューがあります。虐待というものを知っている人もいる一方で、虐待による様々な歪みというものが全く分からないんだなぁという人のレビューも沢山あります。知らない世界を伝えるって難しいですね。。)

愛を乞うひと (角川文庫)

 

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これは本当にフィクションなのか


「愛を乞うひと」のドラマ、見ました。

なかなか、でしたね。。

豊子が発する何気ない言葉のひとつひとつが私の母と重なり、本当に驚きの連続でした。

 

こうして色々なブログやドラマなどを見ていくと、毒親はある程度パターン化されていることに気づかされます。同じような人と毒親の話をしたら、あーそれそれ!って盛り上がれるのかな?

今回は、「愛を乞うひと」のドラマを見て思ったことについてつらつら書いていこうと思います。

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愛を乞うひとはフィクションらしいけれど、とてもリアリティがありました。

(ドラマを見ていない方へ、登場人物一覧はこちら

 

職業は違えど、豊子の言動はまさにうちの母親そのもの。感情的強気で、それでいてもろい(あ、但し豊子のように綺麗ではない)。

取り乱して暴れたり、大声を出したり、笑っていたと思ったら怒ったり。小さな照恵が嫌がっているのに「~しなさい」と無理強いし、すぐに従わないとカッとなってボコボコにするところなんて、母親そのまんまでした。

キレていない時でも基本的に照恵のことをないがしろにしている感じとか、照恵に罪悪感を無理に感じさせるような脅迫めいた言葉を常々投げかけているところとか、理不尽なことで激怒するようなところもそっくり。吹っ飛ばされると畳に擦れて本当に痛いんですよね。

このドラマを見て、やっぱり母親が私にしたことは虐待だったのだなと納得できました。

人によっては、豊子よりもひどい人もいるでしょう。もっとひどい事をされた方もいらっしゃいますよね。こういう内容がドラマ化されるって、何だか私の中では衝撃的です。虐待が認知され始めた証拠でしょうか。あと30年早く放送してほしかったなー

 

照恵の小さい頃を演じた鈴木梨央ちゃんは、とっても上手でしたね。

日常で母親の顔色をうかがいながら生活するところも昔の私そのまんま(私はもう少しおこったような顔だけど(笑))。

思い詰めて包丁持ったり、昔のお父さんに思いを馳せて泣いたりするところは、そうだよね、辛いよね、誰かに助けてほしいよね、と心から共感しました。あの演技はやりすぎではありません。本当にあぁいう風に思うんです。どこにいるかも分からない神様に心底すがりついたりもするんです。


あ、それと、三人目の豊子の旦那さん。
照恵のことを思って制服とか買ってあげる優しい人だけれど、豊子の虐待がエスカレートしてくると、見て見ぬふりをするようになりましたね。うわっうちのお父さんじゃない?!というくらいのあのいや~な目。これ、本当にフィクションですか?汗

 

ちょっと長くなったので、クライマックスについての感想は次へ・・・

 

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血液の毒抜きに 血液クリーニング体験

愛を乞うひと


遅ればせながら2017年、明けましておめでとうございます。

オリンピックまであと3年。

海外のアスリートが日本の地を踏む頃には、私の毒抜きを完了しておきたいところです。

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さて、本日11日は、毒親育ちの私にとって興味深いスペシャルドラマ愛を乞うひとが放送されます。

 

どんな感じなのだろう。

そして私は何を思うのか。


見てみたいと思います。

www.ytv.co.jp

 


本年もよろしくお願いします!

 

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カラダの毒抜きに【美爽煌茶(びそうこうちゃ)】

毒親育ちの小学生時代総括

 

子供は、親との相性は大切です。

私はどうしても共鳴できずでした。


高学年にもなると、自分の家庭が少なからずおかしいなぁということに気づけます。6年になる頃にはもう母親の言動が理不尽で無茶苦茶なことも分かっていました。(小学生って、小さいようでよく分かっているのですね。)

 

力でも勝てないし、経済力なんて皆無な子供は、親から何かを強要されたら従うしかない。
言葉が強すぎるけど、これって監禁状態とほぼ変わりません。
やりかた次第では本当にそうです。


毒親の異常な倫理観の欠如によって、家族という強いが最も悪い方へ作用する瞬間です。

 

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ひとつだけ「良かったな」と思うのは、母親の思うように行動しないとボコられるような環境でも、ご機嫌取りをするようなキャラにはならなかったことかな。

というか、なれなかった(笑)
私の生まれつきの性格なんだと思います。


ご機嫌取りができるキャラなら、母親にもう少しまともに扱われていたかも知れません。まぁ~でも妹を見ている限りでは、それも正解じゃない。

八方塞がりな家庭が一番ツラいです。

 

殴られても何されても歯を食いしばって耐えたから今の私がありますけど、あの時一生懸命耐えぬいたところで誰にも褒められないし、誰にも負けないスキルが見に着いたわけでもない。

むしろ、人がすべて敵に感じたり、私が頑張っている事なんて誰にも分からないんだという思いにかられたりしやすくなったので、コミュニケーションに支障が出て、総合的には大きくマイナスです。

 

かいつまんでではありますが、小学校時代にこれだけは言いたいというところは網羅できたかと思います。まだまだ思い出すこともありますが、それはまたその時に追加するとして、そろそろ中学時代へと話を進めようと思います。

中学以降は、今まで機能不全家族で育ったゆえの精神的な不安定さが明るみに出てきます。

本当にひどい有様ですが、、冷静に考えられる今、あの頃どんな辛さを抱えてどんな形で歪みが出ていたのかを、少しずつ整理していきます。

結構暗くなることが予想されるので、閲覧はほどほどに(苦笑)


遠巻きに見守ってくださる方は、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m

 


とうとう大晦日ですね!

肌寒い毎日が続きますが、どうぞよいお年をお迎えください。

 

 

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毒親を殺そうかと思ったとき


精神的に八方ふさがりで発散する場所がなくなっていた私は、小学校でも友達といざこざを起こすようになっていきました。

先生から電話がある度、母親は泣きます。

泣いて泣いて、「なんでそんな子になっちゃったの!」と聞くのです。

でも分からないんですよね。なんでそうなっちゃってるのかが。私は友達とも仲良くしたい。もう混乱状態です。

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ある時、休日にお昼寝をしている母親を見て、それから台所に目を向けて、ふと殺意を抱きました。マジです。本気で考えたので、心臓が飛び出すほどバクバクしていました。考えている間は怖くて仕方ないのですが、「今しかない今しかない今しかない今しかない」という思いがループしたのも事実です。

頭でシミュレーションもしました。包丁取って、母のところへ行って、その後は靴はいてどこから逃げれば逃げられるのか。はじめから靴はいた方がいいのか。そもそも、気付かれて逆にやられちゃうんじゃないのか。そもそも逃げるなんてことはできるのか。逃げられるけど、私は逮捕されて一生刑務所か。妹と弟は犯罪者の兄弟呼ばわりか。お父さんはどう思うか。小学校はどうするのか。やっぱりできない。でも、やらないと私がつらい。どうする。どうする。。


まぁ、できませんよね。台所まで行きましたけど、母が怖すぎてできるわけがありませんでした。


でも、一線を超えていた可能性だってあると思います。小学生でこの思考回路って異常ですよね。そんな極限の状態に私はいたんです。

こういうことを考えるのは非人道的だとは思いますが、物理的にも非力な時代にこういうことを思っておいてよかったです。それ以降に本気で考えることはなくなったし、中高時代に突発的に思っていたら、どうなっていたか・・・

 


このブログにはまだあまり出てきませんが、実は小さなもこの頃すくすくと大きくなっています。

人格や価値観が形成する大切な時期でもあるのに、母親はイライラ、父親は疲弊、姉妹はギスギス。とても可哀想な状況ですね。弟を助けてあげようと誓ったのに、上手に助けてあげることはできませんでした。申し訳ない。。


年末なのに、気分が悪くなってしまった方は申し訳ありません。私の小学生時代を総括する出来事として象徴的な内容を選びました。

そろそろ、おこも小学校から卒業できそうです。

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