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毒親育ちの日々毒抜きブログ

やり場のない怒りと悲しみの原因は「毒」だった。負の連鎖を止めるべく、毒抜きはじめます。

「小学校」というキーワードで胸くそ悪くなる話

 

(幼稚園まではまだまだ虐待された思い出はありますが、そろそろ小学校の話へ移行しようと思います。)

 

充分な教育を受けずに育てられた恨みから、母親の教育に対する執着はひどいものがありました。物心つく前から英才教育をしたのはもちろん、3歳からは思いつく限りの習い事を強要させられ、父親の反対を押し切って小学校は受験して私立入学。いわゆるお受験ってやつですね。

 

合格しなかったらどうなっていたのかなと思うと、ゾクっとします。今まで以上に虐待を受けながら教育を受けて、無理矢理でも違う県の私立の小学校へ転校させたかも知れません。

 

うちの親はそれくらいする奴です。

ま、でも無事合格したので、そこの私立小学校へ通うことになりました。

 

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母親は、良い小学校に上げることができて、鼻高々でした。実は、母親の兄弟にも子供がいて(その子は私のいとこにあたります)同じ小学校を受けたのですが、落ちていたのです。

 

「小学校」というキーワードを耳にすると、母親はいつもいつもいつもいつも私のいとこが小学校に落ちた話を持ち出してきます。私が成人後もずーっとです。実家へ帰る度。あれなんなんでしょうね?ほんと胸くそ悪い。

 

私のいとこを笑うな!!!

 

私はいとこのことが好きでしたよ。ひとまわり小さい私の手をひいて、一緒に遊んでくれた記憶は宝物です。なのに、いとこが小学校を落ちた話を私に平気でしてくる。ニヤニヤしながら「どうして落ちたんだろうね~」「なんか変なこと面接で言ったんじゃないの?」「あんた何か聞いてない?」

 

・・・・・・こんなのが親ですよ?

 

母親は、娘の大切な人のことを娘の前で笑うような歪んだ人間です。少なくとも私は、小学校が違うだけでいとこの人生が終わったなんて微塵も思っていません。

 

一応補足ですが、私が受験した小学校は、立派で素晴らしい環境でした。さすが私立って感じです。ここに通えたのはありがたいと思っています。

 

校舎はデザイン性の高い作りで天井も高く、吹き抜け中庭があったり、座れるように設計されたおしゃれな階段や校舎内に広い図書もありました。そこまで?ってくらいの教育設備も充実していたし、そこかしこにお花が飾ってあったし、小学生にはもったいないくらいのきれいで豊かな環境でした。とても居心地がよかったので、あの校舎には今でも足を運びたいくらい好きです。

そして、お友達も育ちの良い子が多かったように思います。

 

でも、残念ながら良い思い出を作ることはできませんでした。通学中には一緒に遊ぶお友達はいましたが、卒業後は連絡もフェードアウトしています。

アラフォーの年齢になった今、小学校からの友達とまだ仲良くできていたらどんなに素敵だろうかと思うことがありますね。


人は、「環境」と「人」との関わり合いの中で成長していきます。どちらかではなく、どちらもあった方がいい。決して、良いところに入学させれば万事OKではないのだということを、身をもって知ることができました。

 

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