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毒親育ちの日々毒抜きブログ

やり場のない怒りと悲しみの原因は「毒」だった。負の連鎖を止めるべく、毒抜きはじめます。

私の機能不全家族メンバーをご紹介します。

今日は晴れ!

毒抜きにはぴったりのお天気ですね。

今回は、私の機能不全家族メンバーをご紹介したいと思います。


ちなみに現在、私たち家族は完全に崩壊しています。お互いがほとんど連絡を取り合わない関係ですし、私に関しては、母親とは心の縁を切っています

縁を切ることには賛否両論あるかと思いますが、現在は、という形で認識いただければと思います。

 毒抜きしているうちに、縁は切らないでおこうといつか思う、かもしれませんから。
(可能性はゼロに近いけれど、ゼロではないという意味を込めて。)

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父親

父親は、昭和の男にしては子供の面倒をよく見てくれる父親でした。きれい好きだったのでデスクの上はいつもピカピカ、ついでに字もとてもきれいでした。高卒でしたが大手企業に勤め、会社生活も順調でした。

 

几帳面な性格は、物の扱いや人との付き合い方によく現れていました。写真やCD・ビデオなどの保存物にはメモを必ず残し、会社や病院、お店などではたくさんの顔見知りの方々と長く良好なお付き合いをしていました。

 

家に私の友人が遊びに来れば明るく挨拶をしてくれ、必ずひといふたいとってから退散します。はたから見れば本当に良いお父さんで、「おこのお父さんは優しくて面白いね」とよく言われていました。


母親

母親は、およそ30年前の母親にしては、自立心の高い母親でした。結婚しても仕事を辞めずに社会人を続け、子育てと仕事を両立させようと奮闘していました。子育てには特に力を入れており、私が生まれた頃からすでに英才教育なるものをしていたようです。

 

性格はおおざっぱという言葉がしっくりくるタイプで炊事洗濯は苦手、感情の起伏が激しく、まるで不規則な心電図のようでした。交友関係も乏しかったので、仕事関係以外で母親の友達を見たことはありません。

 

ただ、極度に内弁慶なところがあり、外では猫をかぶるので、友達には「おこのお母さんは優しそうだね」と言われていました。


私と兄弟

私は長女です。

そして私が幼稚園に通うころに妹ができ、妹が小学校へ通うころに弟ができました。

 

妹とは物心つく頃から一緒だったので、一緒に遊び、人並みに喧嘩もしました。姉妹それぞれに特徴があり、私は不愛想だけれど色々な事が器用妹は何かと不器用だけれど大人に好かれやすい子供でした。

 

が生まれた時のことはよく覚えており、兄弟が一人増えたことに妹と一緒にとても喜びました。あったかくて重くてよく動く赤ちゃんは本当に可愛く、小学生ながらにおむつ交換やだっこにおんぶなど、2人でよくお手伝いをしました。

 

弟は大人しい性格で、私達にだまってついてくるような感じで遊んでいました。大きくなってからはもはや普通の大人どうしになりましたが、割と年齢が離れていたこともあり、弟は兄弟というよりはちっちゃい子供のような感覚がありました。

 

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え・・・どこに問題が?

このように見ていくと、「優しいお父さんに守られながら、ちょっと癖はあるけど育児を頑張るお母さんと仲の良い3兄弟」「普通じゃん。どこに問題が?」という印象を持たれるかもしれません。しかし、成人した私たち兄弟は現在、小さい頃にあれだけ優しかった父親とすらも、まともな信頼関係を築けていないのです。

 

この紹介は、あくまで家族の"外枠"です。それぞれの簡単な性格や性質を書いただけなので、まだお見せしきれていない部分がたくさんあります機能不全家族になる原因は、軽く関わりを持つ程度の知り合いには見つけきれない場合もあることも納得です。

 


子供の幸せは、子供の心が決めるもの。

3人いる兄弟のうち、この家に生まれてよかったと思っている人は一人もいません。(恐らく)

 

 

 

さて!
家族の紹介も終わりましたので、これからは私の心に溜まった膿を出しながら、傷口を修復していきたいと思います。

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