毒親育ちの日々毒抜きブログ

やり場のない怒りと悲しみの原因は「毒」だった。負の連鎖を止めるべく、毒抜きはじめます。

毒親を殺そうかと思ったとき


精神的に八方ふさがりで発散する場所がなくなっていた私は、小学校でも友達といざこざを起こすようになっていきました。

先生から電話がある度、母親は泣きます。

泣いて泣いて、「なんでそんな子になっちゃったの!」と聞くのです。

でも分からないんですよね。なんでそうなっちゃってるのかが。私は友達とも仲良くしたい。もう混乱状態です。

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ある時、休日にお昼寝をしている母親を見て、それから台所に目を向けて、ふと殺意を抱きました。マジです。本気で考えたので、心臓が飛び出すほどバクバクしていました。考えている間は怖くて仕方ないのですが、「今しかない今しかない今しかない今しかない」という思いがループしたのも事実です。

頭でシミュレーションもしました。包丁取って、母のところへ行って、その後は靴はいてどこから逃げれば逃げられるのか。はじめから靴はいた方がいいのか。そもそも、気付かれて逆にやられちゃうんじゃないのか。そもそも逃げるなんてことはできるのか。逃げられるけど、私は逮捕されて一生刑務所か。妹と弟は犯罪者の兄弟呼ばわりか。お父さんはどう思うか。小学校はどうするのか。やっぱりできない。でも、やらないと私がつらい。どうする。どうする。。


まぁ、できませんよね。台所まで行きましたけど、母が怖すぎてできるわけがありませんでした。


でも、一線を超えていた可能性だってあると思います。小学生でこの思考回路って異常ですよね。そんな極限の状態に私はいたんです。

こういうことを考えるのは非人道的だとは思いますが、物理的にも非力な時代にこういうことを思っておいてよかったです。それ以降に本気で考えることはなくなったし、中高時代に突発的に思っていたら、どうなっていたか・・・

 


このブログにはまだあまり出てきませんが、実は小さなもこの頃すくすくと大きくなっています。

人格や価値観が形成する大切な時期でもあるのに、母親はイライラ、父親は疲弊、姉妹はギスギス。とても可哀想な状況ですね。弟を助けてあげようと誓ったのに、上手に助けてあげることはできませんでした。申し訳ない。。


年末なのに、気分が悪くなってしまった方は申し訳ありません。私の小学生時代を総括する出来事として象徴的な内容を選びました。

そろそろ、おこも小学校から卒業できそうです。

 

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